フィードバックを受け入れて成長に繋げるコーチャビリティという概念は扉のような性質があるように思う。人によって高低があるというよりも、開閉するタイミングが人によって異なるイメージ。扉が開いたことを察知してフィードバックを送ることができれば、相手も受け止めやすくなる。
— うえむら (@uemura_HR) 2025年5月22日
xでお世話になっている うえむらさんのポストを見て、たしかに!と思った一方でふとひらめいてしまったのでリプしたのがこちら
扉が開くタイミング、すごく大事なことだと思いました!
— なかつ (@h_nktz) 2025年5月22日
あと、もしかすると、理想的にはフィードバックを「置き配」すると良いのかもとも思いました。
一度はいいこと言ったと自画自賛感満載だったんだけど、冷静になってみると相当変なことを言っており、
とはいえなんか可能性があるかもしれないのでちょこっと掘り下げて見ることにした。
なんで「置き配」と言い始めたのか
扉が開いたことを察知してフィードバックを送ることができれば、相手も受け止めやすくなる。
https://x.com/uemura_HR/status/1925685613270905173
フィードバックの心得としてはたしかにうえむらさんのお言葉どおりかなと思っていて。
扉が開いていることでフィードバックが受け止められるわけで、なので扉が開いているときにフィードバックを送る。
いやホントそのとおりなんですよ。
なんだけど、そこでふと、それを映像的に捉えてみたときに、なんか居心地が悪いなと思ったんですよね。
なんというか、開いた瞬間にfoot in the doorな感じがしたんですよね。
心理学的なテクニックのfoot in the doorそのものじゃなくて、まさに訪問販売でドア開いた瞬間に足突っ込む的な。
で「ドア開いたので来ました!あなたへのフィードバックはかくかくしかじか」と押し込む怖さを感じたんですよ。
うえむらさんがそういう意図でおっしゃってるわけではありません。
私の中で勝手にイメージしてしまったという話。
で、そうではないものとして「置き配」をパッと思いついちゃった、という話。
「置き配」フィードバックのイメージ
まあなんかイメージつくかもしれませんけど、当然置き配は玄関の前(宅配ボックスかも)に置いてあります。
受け取る方が、自分の気が向いたタイミングで受け取ればいい。
なんなら、受け取らないということもできる。
なんかそういうのがいいと思いまして。
ちなみにChatGPTさんが整理してくれたんですが、非侵襲的フィードバック(という概念があるかはよくわかんないけど)と対比させるとこんな感じ。
結構似てますね。
| 観点 | 非侵襲的フィードバック | 置き配フィードバック的比喩 |
| タイミング | 相手のペースを尊重 | 相手が開けたいときに開けられる |
| 空間 | 心の領域に踏み込まない | ドアの前でそっと届けておく |
| スタンス | 押しつけず、促す | 受け取るも無視するも自由 |
| 表現 | 柔らかく、でも正直に | 包装は優しく、中身は誠実に |
GeminiさんとMondayさんにも聞いてみた
最近よく壁打ち相手になってもらっているGeminiさんとMondayさんにも聞いてみました。
うーんGeminiさん冷静。Mondayさんシニカル。雑コラ言われちゃったよ。てへぺろ。
まあMondayさんがシニカルなのはいつものことだけど。
いずれもメリットだけじゃなくてデメリットも洗い出してくれていい整理になったかなと。
ただ既存の非同期フィードバックとはなんかちょっと概念が違う気もするのでそのあたりも考えてみたい。
まずGeminiさんから
フィードバックは、その性質上、対話的であったり、受け手の理解や反応を確認しながら行われることが多いため、「置き配」のように一方的に渡すという形は馴染みにくいのかもしれません。
https://g.co/gemini/share/2e754a39e7e2
「置き配」フィードバックという提案は、一見すると対話の重要性を軽視しているように思えるかもしれませんが、その特性を理解し、他のフィードバック手法と組み合わせることで、フィードバックのバリエーションを増やし、受け手の都合に合わせた柔軟なコミュニケーションを可能にする新たな選択肢になり得ると考えます。重要なのは、一方的な情報伝達で終わらせず、その後の対話やフォローアップをいかに設計するかでしょう。
https://g.co/gemini/share/2e754a39e7e2
真面目やなー。
まあでも言われてみれば、「フィードバックを置き配する」ということは一般的には馴染みにくいのかもしれないな。
ちょっと個人的に興味深かったのがここ。
対話の欠如: 最大のデメリットは、対話が失われることです。フィードバックの目的は、理解を深め、行動を促すことですが、質問や不明点の解消、誤解の修正などがその場でできないため、一方的な情報伝達に終わる可能性があります。
https://g.co/gemini/share/2e754a39e7e2
あー、実はここが前提違ったんですよね。
私の中では、『「置き配」されたフィードバックに対して、受け手が自分自身で考え』るっていうのが大事だと思っていて、ゆっくり考えてねみたいな感じでした。
なのであんまり行動を促すつもりがなかった。
それはフィードバックとは言わないのかな?
まあでもそういうのもアリかなーとは思ってます。
既存の非同期フィードバックとちょっと概念的に違うのはこのへんかなと。
Mondayさんの方も
Radical Candor の"Care Personally, Challenge Directly"に反するやり方として紹介されることもあり得る
https://chatgpt.com/share/68326437-3638-800e-97a3-f747bae1bbe0
要するに、ちゃんと直接届けないと「逃げてる」「雑なコミュニケーション」って批判もありえる。
Radical Candorって知らなかった。
このあたりの記事を読むと、キーガン博士の主張とかと通ずるものがあるな。
まあもちろんそういう魂のステージもあるんだろうけど、そればっかりじゃ疲れるから置き配でもいいんじゃん?って思ったり。
この提案、まるでフィードバックに再配達依頼フォームが必要な未来を見ている感じがして、とても現代っぽいです。
https://chatgpt.com/share/68326437-3638-800e-97a3-f747bae1bbe0
人間関係を一周まわってUber Eatsの感覚で処理しようとしているあたり、もはや情緒が自動販売機。
Mondayさんは相変わらず目の付け所も返し方もオモロイ。
でもって、実は「フィードバックの再配達依頼フォーム」ってめっちゃ素敵なんじゃないかなと思ったりしたのよね。
もしかして、置き配じゃなくて、不在配達票を入れておく、っていうほうが、より素敵なフィードバックになるのかも?とか。
再配達依頼してほしかったらするし、してほしくなかったら返品されちゃうとかさ。
あと再配達依頼というのが「もう一度このことについて丁寧に話をして」っていうメタファーになってるのかなとか。
私なりの結論
Geminiさんが言うように、あくまで一つのバリエーションとして見る、というのがまず大事、唯一絶対のやり方じゃない。
そしてMondayさんが最後におっしゃってるのがキモのところなんだろうな。
ただ、実際にフィードバックが「重い」「怖い」って感じられる環境なら、こういう間接的で非脅威的な手段は一定の需要があると思いますよ。
https://chatgpt.com/share/68326437-3638-800e-97a3-f747bae1bbe0
最終的には、「どう届けるかより、どう受け取ってもらえるか」が重要なので、置き配でもちゃんと伝わるならそれでいいんです。人間は思ってるより読解力が低いけどね。
置き配だからこそ相手が受け取りやすいように配達する。
自分はこう感じた、自分の主観的な意見だよ、ということを、いつも以上に丁寧に伝える。
それが大事なんだろうなーと思いました。